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紫式部文学賞 - 受賞作品

印刷ページ表示 更新日:2020年3月30日更新 <外部リンク>

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第29回紫式部文学賞

受賞作品:『パンと野いちご 戦火のセルビア、食物の記憶』

著者: 山崎 佳代子 (やまさき かよこ) さん

パンと野いちご

講評(鈴木 貞美 選考委員長)

 1990年代前半、ボスニアの内戦は、昨日までの隣人たちを突然、三つの民族に引き裂いた。戦火に逃げ惑い、子供を疎開させ、それでも女性たちは日々の食卓を用意した。その食事の一品一品から、それぞれが抱えた悲運の一つ一つが手繰りだされてゆく。これら普通の女性たちが歩んだ困難な生活と魂の記録は、同じ空の下でゼロからセルビア語を学び、三人の子供を育て、同じ食材で料理してきた著者なればこそ、いや、誰とでも心を通わせることのできる著者なればこそ、可能になったものだ。国際的にも稀(まれ)な達成である。『べオグラード日誌』(2014)から『パンと野いちご』(2018)へ。二作を読み比べる読者は、自分の心まで他者と共感する力を増してゆくように感じることだろう。

作品紹介と講評(竹田 青嗣 選考委員)

 バルカン半島の多民族国家・旧ユーゴスラビアは、国家統率の象徴だったチトーの死後、1991年に始まる内戦によって、恐ろしい混乱に陥る。本書『パンと野いちご』は、ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ大学に留学経験をもち、現在当地で暮らす著者が友人や知人たちから聞きとった、ユーゴスラビア内戦の生々しい証言によるノンフィクションである。ユーゴスラビアは、この内戦期、異なる民族、国家、宗教に分裂し、互いに対立しあい戦いあった。この戦いは虐殺や民族浄化にまでいたり、二十世紀の戦争の悲惨を象徴する現場となった。ひとびとは住み慣れた生活の場所を追われ、生き延びるために逃げまどう。著者は、この悲惨な戦争の証言とともに、その最中、人々が何を食べてきたのかを詳細に聞きとり記述する。なぜ戦乱の証言に食べ物の話が、と思うかもしれないが、読み進むうちに、それがこの本の文学的な果実となっていることに気づく。

受賞の言葉

 紫式部文学賞受賞のお知らせをいただき、今も夢を見ているような思いです。ベオグラードで言葉を紡ぎ始めて、長い歳月が流れました。これまで私を見守ってくれたおひとりおひとりに、心より感謝申しあげます。

 清い心で人を恋こがれることが深い罪となること、恋い慕うことの甘美、悲哀、苦悩。美しさが救いとなること……。『源氏物語』は、少女だった私に此の世の無常と儚さを教えてくれた最初の書物です。この愛の美学は、母国を離れて生きる私の魂の故郷となりました。

 私の住むバルカン半島は世界の火薬庫と呼ばれ、戦の絶えぬ土地です。過酷な歴史に翻弄される無名の人々との出会いが、私の文学の出発点でした。たとえ言葉が異なり、国が違っても、人と人の出会いこそ、世界に豊穣をもたらす。それを物語ることは、思いのほか、難しいことです。身にあまるご褒美に心をひきしめ、日本語の織物を織りつづけようと思います。

山崎佳代子さん

著者略歴

 1956年生まれ、静岡市に育つ。北海道大学卒業。サラエボ大学留学。ベオグラード大学文学部教授。1996年から10年間、難民支援団体で活動した。詩人、翻訳家。1981年よりベオグラード在住。

 詩集に『みをはやみ』(2010・書肆山田)、翻訳書にダニロ・キシュ『庭、灰』(2009・河出書房新社)など、エッセイ集に『ベオグラード日誌』(2014・書肆山田)など。ミリツァ・ストヤディノヴィッチ=スルプキニャ女流詩人賞(2015年)、読売文学賞受賞(2015年)。

これまでの受賞作品

受賞作品一覧
開催回 受賞作品 発行者 受賞者
第1回 『式子内親王伝
 -面影びとは法然-』
朝日新聞社 石丸 晶子
第2回 『きらきらひかる』 新潮社 江國 香織
第3回 『十六夜橋』 径書房 石牟礼 道子
第4回 『淀川にちかい町から』 講談社 岩阪 恵子
第5回 『アムリタ』 ベネッセコーポレーション 吉本 ばなな
第6回 『夫の始末』 講談社 田中 澄江
第7回 『蟹女』 文藝春秋 村田 喜代子
第8回 『齋藤史全歌集』 大和書房 齋藤 史
第9回 『神様』 中央公論新社 川上 弘美
第10回 『薬子の京』 講談社 三枝 和子
第11回 『釋迢空ノート』 岩波書店 富岡 多惠子
第12回 『歩く』 青磁社 河野 裕子
第13回 『浦安うた日記』 作品社 大庭 みな子
第14回 『愛する源氏物語』 文藝春秋 俵 万智
第15回 『ナラ・レポート』 文藝春秋 津島 佑子
第16回 『沼地のある森を抜けて』 新潮社 梨木 香歩
第17回 『歌説話の世界』 講談社 馬場 あき子
第18回 『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』 講談社 伊藤 比呂美
第19回 『女神記』 角川書店 桐野 夏生
第20回 『ヘヴン』 講談社 川上 未映子
第21回 『尼僧とキューピッドの弓』 講談社 多和田 葉子
第22回 『評伝 野上彌生子
-迷路を抜けて森へ』
新潮社 岩橋 邦枝
第23回 『東京プリズン』 河出書房新社 赤坂  真理
第24回 『『青鞜』の冒険
 女が集まって雑誌をつくるということ』
平凡社 森まゆみ
第25回 『晩鐘』 文藝春秋 佐藤 愛子
第26回 『戯れ言の自由』 思潮社 平田 俊子
第27回 『浮遊霊ブラジル』 文藝春秋 津村 記久子
第28回 『えぴすとれー』 本阿弥書店 水原 紫苑
第29回 『パンと野いちご 戦火のセルビア、食物の記憶 勁草書房 山崎 佳代子