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紫式部文学賞 - 受賞作品

印刷ページ表示 更新日:2024年10月10日更新 <外部リンク>

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第34回紫式部文学賞

受賞作品:『風配図 WIND ROSE​』

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著者: 皆川    博子 (みながわ ひろこ) さん

作品紹介と講評(鈴木 貞美 選考委員長)

  時は一二世紀半ば、所はバルト海に浮かぶゴットランド島のヴィスビュー。いまは中世の城壁都市の面影を残すスウェーデンの美しい町として知られるが、当時は、ノルマン人(ヴァイキング)の地にキリスト教が勢力を伸ばしはじめて間もない、いわば中世への入口である。
  海辺の牧羊など農場主の娘・アグネが一二歳のとき、兄嫁に三つ歳上のヘルガを迎えた婚礼の祝宴の夜に幕を開ける。アグネは難破した船から流れついた瀕死の重傷を負った若い男を看病したり、決闘を挑まれた、その男の代理を買って出たヘルガがなんと相手を倒したりと、事件に次ぐ事件の連続が戯曲の様式を挟みながら運ぶ。その間には、最近の研究成果にもとづき、われわれの想像もつかない異郷の生活習慣が丁寧に書き込まれている。
  ドイツ商人団が進出してきて、ヴィスビューはロシアの都市、ノヴゴロドとの交易の中継地になってゆく。のちの商人ギルドの連合、「ハンザ同盟」の芽生えである。虐げられる一方だった女たちのなかから自ら航海に乗り出す実業家タイプも出現する。アグネも通訳の役を果たすようになってゆく。ヘルガの助けを借りながら、白樺の皮に双方の言葉に橋をかける単語帖を刻みはじめる。ヨーロッパにおける翻訳辞典の密やかな誕生――。
  発展しはじめたノヴゴロドでは、公国の長と都市の貴族とが紛争、その裏で謎の暗殺劇も起こる。大きな歴史の転換期のドラマと、白樺林の向こうに光る青い海を眺めて育った一人の少女が二〇歳になるまでの物語が交差する、眩めくような歴史小説の達成を寿ぎたい。

作品紹介と講評(川上    弘美 選考委員)

  『風配図』は、壮大な歴史小説であり、女たちの友情物語でもある。舞台は、十二世紀のバルト海沿岸地域と、バルト海の中心に位置する島ゴットランド。ハンザ同盟の基礎をつくってゆくリューベックの商人たち、ノヴゴロドの要人と商人たち、そしてゴットランドの少女二人と彼女たちの家族がおりなす物語は、散文部分と戯曲部分によって交互に語られてゆく。歴史を下敷きとした史実的部分の中に、作者のつくりあげた人物たちが活き活きと息づいているさまは見事であり、また、散文と戯曲を要所要所で描きわけたことによる、物語の緩急のつけかたによって、ダイナミックでありかつ繊細な小説構築がなされたのもすばらしかった。歴史小説は、史実を丹念に調べることが必要だが、事実を噛み砕けずに小説が硬直してはならない。その点、本作は事実に忠実であることと、想像の翼を広げることとのバランスが、素晴らしかった。この作者にしか書けないことが、本作には満ちている。

 

受賞の言葉

   紫式部の名を冠した賞をいただき、たいそう光栄に存じます。十二世紀のバルト海交易、決闘裁判など、二十一世紀の日本の読者におよそ馴染みのないことを書きましたこの作に目をとめていただけたことが、まことに嬉しゅうございます。私が生まれた昭和初期は、男尊女卑が当然とされていました。敗戦のとき、私は十五歳でした。突然、戦勝国から民主主義、男女同権を強制されたのですが、その本質を理解している大人は周囲にほとんどおらず、男性優位は続きました。家長が絶対権力を持つ中で、自力で生きていこうとする十二世紀の少女たちに、時代を超えて、共感していただけたのでしょうか。
  バルト海の交易史研究や法文化史研究を専門とされる先生方から多大な学恩を賜わりました。老齢で取材旅行のできない作者に代わり、担当編集の方は現地を訪れ資料や写真を調えてくださいました。受賞の喜びを、協力してくださった多くの方々と分かち合いたいと思います。

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著者略歴

1930年生まれ。72年『海と十字架』でデビュー。73年「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞後、ミステリ、幻想小説、時代小説、歴史小説等、幅広いジャンルで創作を続ける。85年『壁──旅芝居殺人事件』で日本推理作家協会賞、86年『恋紅』で直木賞、90年『薔薇忌』で柴田錬三郎賞、98年『死の泉』で吉川英治文学賞、2012年『開かせていただき光栄です』で本格ミステリ大賞、同年日本ミステリー文学大賞、22年『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』で毎日芸術賞を受賞。15年文化功労者。

 

これまでの受賞作品

受賞作品一覧
開催回 受賞作品 発行者 受賞者
第1回 『式子内親王伝
 -面影びとは法然-』
朝日新聞社 石丸 晶子
第2回 『きらきらひかる』 新潮社 江國 香織
第3回 『十六夜橋』 径書房 石牟礼 道子
第4回 『淀川にちかい町から』 講談社 岩阪 恵子
第5回 『アムリタ』 ベネッセコーポレーション 吉本 ばなな
第6回 『夫の始末』 講談社 田中 澄江
第7回 『蟹女』 文藝春秋 村田 喜代子
第8回 『齋藤史全歌集』 大和書房 齋藤 史
第9回 『神様』 中央公論新社 川上 弘美
第10回 『薬子の京』 講談社 三枝 和子
第11回 『釋迢空ノート』 岩波書店 富岡 多惠子
第12回 『歩く』 青磁社 河野 裕子
第13回 『浦安うた日記』 作品社 大庭 みな子
第14回 『愛する源氏物語』 文藝春秋 俵 万智
第15回 『ナラ・レポート』 文藝春秋 津島 佑子
第16回 『沼地のある森を抜けて』 新潮社 梨木 香歩
第17回 『歌説話の世界』 講談社 馬場 あき子
第18回 『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』 講談社 伊藤 比呂美
第19回 『女神記』 角川書店 桐野 夏生
第20回 『ヘヴン』 講談社 川上 未映子
第21回 『尼僧とキューピッドの弓』 講談社 多和田 葉子
第22回 『評伝 野上彌生子
-迷路を抜けて森へ』
新潮社 岩橋 邦枝
第23回 『東京プリズン』 河出書房新社 赤坂  真理
第24回 『『青鞜』の冒険
 女が集まって雑誌をつくるということ』
平凡社 森まゆみ
第25回 『晩鐘』 文藝春秋 佐藤 愛子
第26回 『戯れ言の自由』 思潮社 平田 俊子
第27回 『浮遊霊ブラジル』 文藝春秋 津村 記久子
第28回 『えぴすとれー』 本阿弥書店 水原 紫苑
第29回 『パンと野いちご 戦火のセルビア、食物の記憶 勁草書房 山崎 佳代子
第30回 『夢見る帝国図書館』 文藝春秋 中島 京子
第31回 『組曲 わすれこうじ』 新潮社 黒田 夏子
第32回 『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』 イースト・プレス 奈倉 有里
第33回 『イコ    トラベリング    1948ー』 角川書店 角野    栄子
第34回 『風配図 WIND ROSE』 河出書房新社 皆川    博子

 


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