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受賞作品:『夢見る帝国図書館』
著者: 中島 京子 (なかじま きょうこ) さん
『夢見る帝国図書館』という題が、いい。語り手「わたし」は、小説家の卵。上野公園のベンチで、喜和子さんという不思議な年上の女性と知り合う。まったくの見知らぬどうしだった語り手と喜和子さんの気持ちが近づいてゆく導入から、すぐさま引きこまれてしまう。「上野の図書館が主人公の小説」を書いてみたらと、喜和子さんに提案された語り手は、日本という国の、また喜和子さんという人間の歴史に、深く潜航してゆくことになるのだ。
作者は上野の図書館についての実に深い知識を縦糸として、さまざまな事件や人々を豊かに描いてゆくのだが、瞠目すべきは、知識をそのまま並行に紙の上に移すのではなく、まず自家薬籠中のものとしたのちに、さらに発酵させ、新しい発見をおこない、旨味を加えているところである。図書館が意識を持つという楽しくも大胆な発想のうえに、ミステリーの要素も加え、小説という器の豊饒さを余すところなく見せてくれる作品なのである。
お報せをいただき、たいへん光栄に思っております。
何年か前に、紫式部の邸があったところに建てられたという京都の蘆山寺を訪ねたことがあります。桔梗の花が凛として咲いていて、静謐で美しいお寺でした。
『夢見る帝国図書館』という小説には、明治以降の日本語文学を作ってきた作家たちが多く登場します。この小説を書きながら、自分が現在、物書きを生業とするにあたって、先達の仕事に負うところの大きさを考えずにはいられませんでした。そしてまた、それらの作家たちを遡っていった先には、平安朝の文学があり、紫式部に行き当たります。紫式部という偉大な女性作家は、日本語を使って小説を書いていて、しかも女である身にとって、いつもとても誇らしい存在です。
このたびの受賞は、書き続けていいと、選考委員の先生方はじめ、諸先輩から励ましをいただいたように感じています。
ほんとうにありがとうございました。
1964年東京都生まれ。東京女子大学卒業。東京在住。
出版社勤務を経て、2003年『FUTON』で小説家デビュー。
2010年『小さいおうち』で直木賞受賞。
2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞受賞。
2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ賞作品賞、柴田錬三郎賞を受賞。
同年『長いお別れ』で中央公論文芸賞受賞。
2016年、同作で日本医療小説大賞受賞。近著に『樽とタタン』『キッドの運命』など。