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受賞作品:『パンと野いちご 戦火のセルビア、食物の記憶』
著者:山崎 佳代子(やまさき かよこ)さん
バルカン半島の多民族国家・旧ユーゴスラビアは、国家統率の象徴だったチトーの死後、1991年に始まる内戦によって、恐ろしい混乱に陥る。本書『パンと野いちご』は、ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ大学に留学経験をもち、現在当地で暮らす著者が友人や知人たちから聞きとった、ユーゴスラビア内戦の生々しい証言によるノンフィクションである。ユーゴスラビアは、この内戦期、異なる民族、国家、宗教に分裂し、互いに対立しあい戦いあった。この戦いは虐殺や民族浄化にまでいたり、二十世紀の戦争の悲惨を象徴する現場となった。ひとびとは住み慣れた生活の場所を追われ、生き延びるために逃げまどう。著者は、この悲惨な戦争の証言とともに、その最中、人々が何を食べてきたのかを詳細に聞きとり記述する。なぜ戦乱の証言に食べ物の話が、と思うかもしれないが、読み進むうちに、それがこの本の文学的な果実となっていることに気づく。
紫式部文学賞受賞のお知らせをいただき、今も夢を見ているような思いです。ベオグラードで言葉を紡ぎ始めて、長い歳月が流れました。これまで私を見守ってくれたおひとりおひとりに、心より感謝申しあげます。
清い心で人を恋こがれることが深い罪となること、恋い慕うことの甘美、悲哀、苦悩。美しさが救いとなること……。『源氏物語』は、少女だった私に此の世の無常と儚さを教えてくれた最初の書物です。この愛の美学は、母国を離れて生きる私の魂の故郷となりました。
私の住むバルカン半島は世界の火薬庫と呼ばれ、戦の絶えぬ土地です。過酷な歴史に翻弄される無名の人々との出会いが、私の文学の出発点でした。たとえ言葉が異なり、国が違っても、人と人の出会いこそ、世界に豊穣をもたらす。それを物語ることは、思いのほか、難しいことです。身にあまるご褒美に心をひきしめ、日本語の織物を織りつづけようと思います。
1956年生まれ、静岡市に育つ。北海道大学卒業。サラエボ大学留学。ベオグラード大学文学部教授。1996年から10年間、難民支援団体で活動した。詩人、翻訳家。1981年よりベオグラード在住。
詩集に『みをはやみ』(2010・書肆山田)、翻訳書にダニロ・キシュ『庭、灰』(2009・河出書房新社)など、エッセイ集に『ベオグラード日誌』(2014・書肆山田)など。ミリツァ・ストヤディノヴィッチ=スルプキニャ女流詩人賞(2015年)、読売文学賞受賞(2015年)。