本文
十代の終わりの秋、『宇治市史』によって本作の主人公槇島昭光の存在を知りました。槇島城跡に佇みながら、いつの日にかこの無名の戦国人のことを書きたいと念じていました。
三十年後、地元の洛南タイムズに連載をさせて貰い、終了後本にしましたが、まだ書き足りない何事かを感じ、発表のあてのない続編を書き綴って来ました。本で取り上げることの少なかった昭光の後半生に焦点を当てて。作品は陽の目を見なくてもいい、彼の生きた証しを残したいとの思いでいたのですが、今回思いも寄らない賞を頂き、嬉しく、嬉しく。
六十代後半の今、五十年前の秋風と違った感慨に浸っています。
あの頃の想いを表現し得た喜びと同時に、自分は昭光に礼を尽くすことが出来たのであろうかという怖れを。
【著者略歴】
1957年 宇治に生まれる
1976年 府立城南高校卒業
2001年 「文芸社」より『流離の蘭』 出版
2006年 「すばる出版」より『槇島昭光』 出版
槇島昭光は、最後の将軍足利義昭に仕えた武将である。義昭は、宇治槇島城に立てこもり織田信長に反旗を翻したが、京を退去させられた。流離の日々を送りながら、義昭は足利再興の見果てぬ夢を追うが、秀吉の世に病没した。昭光は、義昭の葬儀を取り仕切り、忠義を貫いた。昭光は、その後豊臣家に仕え、徳川家康に抗うが、地上を離れて雲に棲むという願いを抱き、やがて「云庵(うんあん)」と名告る。「恕の人」(思いやりの人)として、名利を求めず、保身に走らない昭光の誠実な生き方から、乱世を照らし出す視点が独特である。殊に、細川忠興に庇護されて後の中津、熊本での穏やかな余生が戦国の世を鎮魂するような趣があって味わい深い。